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October 08, 2017

街歩きワークショップⅡ「地形から見る四谷の今昔 Part.4」

新宿区立四谷図書館が主催する街歩きワークショップⅡ地形から見る四谷の今昔 Part.4 に午後から参加。

新宿御苑・大木戸門に集合の後、講師の皆川典久氏(東京スリバチ学会会長)が「江戸の街は地形の特徴を利用し発展した。今日は高遠内藤家の下屋敷跡である新宿御苑を探索する。」と話された。

Map

Map1

講師と改めてじっくり歩いてみると如何に新宿御苑が高低差があるということを感じた。玉藻池からフランス式西洋庭園へ。正式な方向つまり今は利用者が少ないということで閉鎖されている正門から眺めた。こちらが正式だとは知らなかった。

続いて下の池から中の池、上の池へと歩いた。上の池は鴨場として使われていたという。下の池から上の池へは土地が高くなっていた。

新宿門から天龍寺へ。ここも入ったことがなかった。明治通りが出来る前はかなりの広さだったらしい。

天龍寺から雷電神社へ。明治通りも良く良く見ると高低差がある。普段はそんなこと気にすることなく歩いていたが・・・

天龍寺の裏通りから御苑新宿門へ出、御苑に並行している「玉川上水・内藤新宿分水散歩道」を歩いた。これはかつての流れに沿って、新宿御苑散策路に整備したものだ。

江戸の飲料水を確保するために、承応3年(1654年)に開設された玉川上水は、多摩川の羽村堰(羽村市)から四谷大木戸(現在の四谷四丁目交差点付近)までの約43kmの区間を、土を掘り抜いただけの開渠で造られた。 四谷大木戸から江戸市中へは、石や木で造られた水道管を通じて、水が供給され、淀橋浄水場が完成した明治34年(1901年)ころまで、玉川上水は、江戸・東京の人々の貴重な水源だった。

3時半過ぎ、集合場所の新宿御苑大木戸門へ戻った。ここが江戸のはずれの関所「四谷大木戸」で人間や物品を管理していたとのこどだった。時間になると江戸には入れなかったらしい。

東京の街は関東平野だからあまり高低差がないように思っていたが大阪や名古屋と比べても高低差がある地形であるらしい。

歩くこと15000歩。疲れた!!


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