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September 09, 2012

ブラジルの父

ブラジル東北部ののパライバ州のカンピナグランデという高原の街にパライバ大学がある。日本人をはじめとしてカナダ人フランス人インド人アメリカ人チェコ人など色々な国の先生がここの大学に教えに行っている。私たち一家が住んでいたのはacude novo と呼ばれる池の前の外国人専用アパートで一階にはひげを生やしたビジーアと呼ばれる門番がいたっけ。皆車を所有していたので車を見張るのも彼の役目で時には洗車のバイトもしていた。

この町にはタイヤ屋を営んでいたジュリオ、眼科医のアレッセオそれから小児科医のシルビーノと3人が日本贔屓で彼らが交代に家に良く呼んでくれた。とくにジュリオは私たちが帰国した後、日本にも2度遊びに来て3男のセルソは日本の大学に留学したりととても交流が深かった。

私はセルソとスカイプ友達で一昨日は彼の誕生日だったのでおめでとう!と言ったら今パーティーをやっているんだと言っていた。そして昨日はジュリオが腎不全で亡くなったことをスカイプで伝えてきた。

今日は家族10人で食事会をしたがお悔やみカードに皆一筆したためた。楽しかったなあl!あれからもう30年!!

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