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November 19, 2005

Sentimental Journey① 成田ーロス-サンパウロ-レシフェ-ジョン・ペッソア

PICT0135PICT0119成田空港を1時間程遅れて出発。

LAX到着は予定とおり9時間半後transitルームに入るのも入念なチェックがなされた。
査証免除の書類を審査官に提出。両方の人差し指の指紋を採られた。その後眼鏡をはずして写真を・・・

これが意外に時間がかかった。transitを1時間半ということだったが、Duty Freeを少しのぞいたらもう搭乗時間
3度目の食事。和食をチョイスする。食器も磁器のもの。お箸もついてくる。

前菜 海老蒲鉾。蟹足揚げ、鶏のつくね、うなぎ海苔巻き、春巻き、キュウリの酢味噌和え
酢の物 ホタテのねぎ酢みそあえ
煮物 スモークサーモン 薄切り晒したまねぎ わさび レモン
和風サラダ 野菜と揚げ豆腐のあんかけ
お凌ぎ レイセイ中華麺 薬味 海苔
お椀  コンソメ
台の物 牛ヒレ肉の網焼き 新たまねぎ 蜂蜜ソース 大豆ミートソース和え 豆腐 ブロッコリー キノコとユッカヌードル、ご飯

ヴァリグのメニューはところどころ間違っているがその通り写して見た。半分ぐらい食べた。

Icaro という雑誌を読む。Carlos Moraes という料理人のRisotoの話が出ていた。

Rosoto de Tomates Secs、Rucula e Mussarela de Bufala 非常に美味しそう!

La Risotteria Alessandro Segato(Rua Padre Joao Manuel, 1156,Sao Paulo,tel:11/3068-8605)
材料  320g 米 300G モッツァレッラ 150g ドライトマト 150g ルッコラ 6ヒ バター 4ヒ オリーブオイル     玉ねぎ 1ヒ 2/1 白ワイン 
作り方 お鍋を熱くしてオリーブオイルを温め大匙1の刻み玉ねぎを黄金色になるまで炒める。75gのドライトマト     75gのルッコラを2分間炒める。320gのお米2/1カップの白ワイン14/1のスープ、バター、チーズ、半量の
     ドライトマトを加える。

食べてみたい。

ブラジルは夏時間なので日本とは11時間の時差がある。時計もブラジル時間を選んだ。さぁ~久しぶりのブラジル。何が待っているかなぁ

サンパウロは曇り21℃と機長のアナウンス!ロスから丁度11時間半で到着だった。
国際線を降りターンテーブルのトランクを取りドルをレアルへchange。1ドルは2.1レアル。

旅は続く・・・
国内線でPernambuco州の州都レシフェへ。21番の待合室は何故かフランス語が行き交っている。
予定出発時刻をとっくに過ぎている。そのうちにほぼ同時間に出発するフォルタレーザ行きと
レシフェ行きの乗客にコールがあり列を作りはじめた。っているのになかなか前進しない。
隣のマダムに話しかけてみる。このフランス人たちはブラジルを占領しに来たのかと?
返事は?私たちは学会でレシフェに行くのよ。へえ何の学会?眼科!

フォルタレーザ行き、最終コール!パラシュートで飛び降りたいわねとおっしゃる。結局1時間も遅延して出発。

飛行機はフランス人とブラジル人、二人の日本人で満員。

途中飲み物と軽食のサービス。軽食のサンドイッチがおいしかった。3枚の薄切りパンの
間にハム、トマト、モッツァレッラチーズの薄切りがはさんであるだけなのだが・・・
この三角のパッケージがしゃれている。東北ブラジルの独特の粘土の人形でカルナバルの
牛だ。30年前来たときカルナバルの人形たちを買ったのだけどあれはどうしたかしら?

きっかり3時間後レシフェに到着。30℃。空港の荷物のターンテーブルに私たちの荷物は
最後になっても出てこなかった。クレイムタグを見せるとどうやら目的地ジョンペソアに行くべく
手配されていたらしい。ジョンペソアの次の便は夜11時なのでそれに乗るのは諦めて迎えに
来てもらうことになっていた。セルソとマギナの熱い抱擁に出迎えられ安心した。

セルソは長男の学校友達一緒に1年ほどセプキという学校に通っていた。
1991年8月8日、13年前の彼らの結婚式に私も花婿側の代母結婚証明書にサインをしたことを
思い出した。その3年後1994年に二人は愛媛大学に博士号を取るために日本にやってきた。
そして10年も松山に住み男の子3人ももうけブラジルへ帰っていった。

途中彼が一年前建てた家に立ち寄る。高い鉄の柵に囲まれている400区画くらいの分譲地だそうだ。
8割方家が建っている。門扉のところでチェックを受け自動的に門扉が開く。
それだけブラジルは今治安が悪いということなのだろう。
しかしそこに入ると個々の家に塀はない。あっても植物で区画されているくらいだ。
彼の家は広い敷地の上に大きな家が建っている。だ。二区画分あるという。
日本から持ってきた品々が所狭しと並んでいる。東京の我が家よりずっとずっと日本的だ。

ジョンペソアのホテルタンバウに着いたのは夕方の5時そろそろ陽が落ちかけていた。
彼らと夜8時食事に行く事を約して部屋に入る。途端に眠くなり7時半まで眠ってしまった。
夜は総勢10人で食事に行く。マンガイ(Mangai)Mangaiとは小さなものだけを売る
市場という意味があるのだそうだ。なるほどリジョナルな食事がブッフェ形式でところ狭しと
並んでいる。久し振りの味を堪能した。

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