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November 25, 2005

Sentimental Journey⑦ ジョンペッソア-カンピナグランデ

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s-PICT04845時起床。今日は30年前2年間住んだ同じパライバ州のカンピナグランデへ移動する日なので早く目が覚めてしまった。9時半に大学の車が迎えに来た。乗ったのはシュリニバサン、インド人の水理学の教授で40年近くこのカンピナグランデにいる。もう一人は2度日本に来たことがあるというヒカルドこの人も大学の先生らしい。2時間の行程中最初はヒカルドの日本での生活を日本語で会話していた。そのうちシュリニバサンとヒカルドが猛烈なポルテュゲスでしゃべりだした。また始まったなぁ、と私は外の延々と続くサトウキビ畑を眺めながらウトウトした。シュリニバサンは連れ合いの同僚でカンピナグランデで暮らしていたころからの家族ぐるみ付き合いだったし、大学の代表として日本にきたときも東京を案内した。ヒンドゥー語は4つ英語ももちろん、ポルテュゲスもぺらぺらだ。

カンピナグランデのMarc Center Hotelに着いたのは11時半を少し回っていた。ジェッツリオバルガス通りに面していた。ブラジルの通りの名前はジェッツリオバルガス通りのように過去の大統領の名前をとったものもある。荷をほどいてすぐ町へ出かける。最初は昔よく歩いた町の通りの位置関係がつかめなかった。一番センターのマッシェルピニェイロ通りがわかるとなんとなく思い出した。ペドローザという本屋さんどこだっけ?子供達が散髪してもらっていた理髪店は?palomoビルの歯医者さんは?なかった・・・!

歩きつかれてホテルに戻るとすぐジュリオが迎えに来てくれた。親日家のジュリオはJICAから派遣されていた代々の先生達の面倒を実によくみてくれた。私達も週末に家に行ったり食事に出かけたり息子のセルソの結婚式で代母になったり連れ合いは毎年ブラジルに来るときもかならず訪ね行き来している。ロビーに長男のアントニオカルロスと長女のリヴィア(10才)と一緒に来てくれた。ジュリオは85才の今は足が少し弱っているが元気で、私たちに行きたい所はないかと聞いてくれた。アントニオカルロスが車を運転してくれ、リヴィアはおじいちゃんを一生懸命いたわり手を貸していた。

昔住んでいたマンションの2軒おいた隣にあるマルレーニを訪ねた。彼女は私の洋裁屋さん?―相応しい言葉が見つからない―服を縫ってくれたりもしたが話しに行ってお茶を飲んだり仲よくしていた。彼女も元気だった。涙が出るほどうれしかった。

そのあとは連れ合いが老後?建設したかった土地を見に行った。センターから車で10分くらい1hもあるのだそうだ。カジューの木とやしの木が植わっていた。今は丁度カジューの季節なんだけど、実はなくなっていた。

ジュリオのセンターにあるマンションを訪ねた。昔はプールのある広い広い屋敷に住んでいたが今はマンション暮らし。治安上最近はマンションや塀で囲まれたコンドミニオに引っ越す人が多いという。ジュリオは奥さんのナザレと9階に住んでいるのだが、1Fにはプールもあるしブラジル人が大好きなパーティースペースもある。サッカーが大好きなジュリオらしあちこち行ったCOPAの記念品、日本を訪ねたときのお土産品の数々が所狭しと飾られていた。

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