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November 29, 2005

Sentimental Journey⑪レシフェ

PICT0683PICT0715s-PICT0883s-PICT0912s-PICT0926s-PICT0931ローズマリーに電話する。彼女とはカンピナグランデに住んでいるころからの知り合い。10時ごろやってきた。お母さんのマルレーニも丁度用事でレシフェにきており再会をした。彼女とはまさしく30年ぶり若いころもすごくきれいだったが今も素敵だ。独身だというので結婚しないの?と聞くと結婚していたけど2年前に別れたという。小一時間ロビーでおしゃべり。今度は「そちらが日本に来る番」というと「行きます」と言ってくれた。

今日も海岸を散歩する。Parque de Coqueirosー椰子の木公園とでも訳すのかアベニーダ沿いに1m位の椰子が植えられておりその横に看板がついている。その看板には色々と説明がある。ある看板にはローマ法王の訪レシフェの記念と書かれていたり、25歳で亡くなった人のメモリーとして両親や兄弟が植えたものだったり、誕生日の記念樹だったりと読んでいると面白い。

その後バスでセントロまで行ってみる。一人1.65レアル。セントロは人の通りが激しい。日本のガイドブックで見たLeite(牛乳)というレストランで食事をすることにした。外の喧騒とまったく異なり中は静寂!築120年だそうで間接照明の店内はやわらかな光がさして今までブラジルで行ったどのレストランよりも格式が高そうだ。ボーイ達もみな長袖の上着を着ている。12時近かったのだがこちらの人にとっては時間が早いに違いない。前菜を食べ魚と海老の煮汁のスープ、続いて前菜がテーブルに置かれた。それを口に運んでいるうちに三々五々客が入り始めた。連れ合いみたいなレシフェと大きくロゴが入ったようなTシャツ姿の人は見かけない。多くの男性は背広にネクタイ姿、格式の高いレストランであることが客の服装からもわかった。伊勢海老のグリルとシーフードサラダそれに温野菜の盛り合わせ。二人で丁度よい分量だった。

その後19世紀半ばに監獄として建てられたというカーザ・ダ・クルトゥーラへ行く。1975年に現在のように民芸品売りの市場になったというから以前来たときは出来たばかりだったことになる。元獄室だったひとつひとつの部屋が店になっており革製品、刺繍入りの洋服、レース編みのクロス、木彫りの置物など北東ブラジルのお土産品がいっぱいある。

そこから歩いてすぐのところにMETROのレシフェのセントラル駅があった。きょうはそれにも乗ってみた。ボアビアージェンと窓口で言っても通じない。通じないというよりそれもそのはずルートマップを見てみたらそこまでまだメトロが開通していなかった!私達が乗りたい南線は二駅さきのImbribieraまでだった。1.65レアル。もうひとつの北線はどんどん電車が来るのにこちらは少ない。15分近く待ってようやく到着。乗車する人も数えるほどだ。Imbribiera駅でエレベーターで降りる。駅員さん?が先に乗っていて「初めてこれに乗りましたか?」と聞くので「はじめてです」と答えると、急に張り切りだして、変電室カメラで24時間防犯のチェックをしている様子とか、安全の為のアナウンスを録音したものとか案内してくれた。貴重な経験をした。

夜の食事はsushibarへ行った。カリフォルニアロールはこちらではアヴォガドではなく代わりにマンゴだった。これはレシフェロールなのでは?ご飯は日本風なお米だった。酢は結構効いている。そこに黒ゴマを置きカニかまとキュウリ、マンゴを入れて巻いてあった。味はまぁまぁかな?

帰り、果物屋さんが開いていたので入る。グラヴィオーラ2個2,520kg11レアルだった。痛まないと良いけど・・・

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